前回は検査のお話でした。
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今回は"計画"の話です。
ここでいう計画とは、軌道を保守するための施工計画のことです。
契約やお金の話が出てくるきな臭いところでもありますがお付き合いください。


  • 計画
線路工事の施工計画は、以下のものを計画しなければなりません。

・施工箇所
・施工内容
・施工日
・施工金額
・施工方法


これらの計画のうち、施工方法以外は鉄道企業が工事発注者として決定します。
施工方法だけは、ゼネコンのノウハウを取り入れて鉄道企業とゼネコン双方で決めていきますが、
これも、最終的な施工方法の決定は鉄道企業が行わなければなりません。

計画時期ですが、これは工事にもよりますが、年初の段階でやるべき工事をまず決めています。

鉄道会社の保線工事担当者が、
前年中に検査結果を基にして修繕する箇所や耐用年数を迎える箇所を洗い出し、
次年度工事としてどこを補修するのか決定します。

補修する工事が決まったら、前年の工事実績を基に積算して必要金額を算定します。

年が明けたら年初に本部へ予算要求を行い、施工業者と契約を交わし、
関係部署と調整のうえで施工日を確定させます。

そして年度初から本年度工事が始まるのです。

保線工事は線路閉鎖や保守用車・機材・作業員の確保、予算の限度など制約がありますから、
工事を計画して1か月2か月後にすぐ工事というわけにはいかないのです。

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もちろん緊急性の高い工事などが急遽必要となった場合は他の工事を取りやめて優先されますが、
あくまでイレギュラーであって、基本は年初の計画の通りに進めていきます。

また、途中で工事内容が変更されたり、作業日が変更となったり、
作業そのものが中止になったりする場合があります。
その場合は年初の契約内容から変わるため、設計変更をする必要が出てきます。

設計変更というと図面を直すだけかと思われがちですが、
それ以外にも工種や工事方法、材料の変更、機材の変更、一連の変更による契約金額の変更
すべてをまとめて設計変更と呼びます。

そして最終的に年度末に工事の完遂=竣工するのです。

この1年の流れを一連の図で表すと次のようになります。

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以上が非常に大まかな保線工事業務の年間の流れです。
内容が鉄道工事なだけで、一般的な製造業や建設業と流れ自体は変わらないと思います。

しかし、ここまで見てきた人の中には気づいているかもしれませんが、
普通の工事契約と違って明らかに足りないものがあります。

それが競争入札です。
一般的な工事契約では、施工業者選定のために競争入札を行います。

しかし、鉄道企業でもまったくやらないわけではありませんが、
保線業務に関しては競争入札をすることはまずありません。
いわゆる"随意契約"となっています。

これは、営業線近接工事の特殊性(危険性)や、
地域ごとにその特殊な営業線近接工事を請け負える企業が限られているために競争にならない
という事情を考慮してのことです。

一応2社以上から見積はもらいますが、ほとんど意味をなしていなかったですね……

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保線業務以外の新設路線工事では競争入札となる場合も多いですね。
中央リニアは談合が明らかとなりましたが、あれも競争入札の末起きた出来事でした。



入札の話はここまでにして、
次年度の工事計画を立てるには、まず検査結果や材料交換履歴を照合して工事箇所を決定し、
その現場を調査しなければなりません。
保線区の現場社員としてはそこが重要になってきます。

現場調査をしなければどんな作業が必要なのかわからないため、
正しい作業計画が立てられず、積算だって意味をなさなくなってしまいます。

まくらぎ交換をするのに交換予定のまくらぎと違うまくらぎを換えてしまうかもしれませんし、
無道床橋梁上の作業なのに道床掘削の工種を積算に入れてしまうかもしれません。
そもそも保線区で管理している図面と現場が一致しないなんてこともちょこちょこありました。

また、道床を掘削する作業は、掘ってみたらケーブルや排水溝が通っていた!
なんてこともよくありますので、データベース化が進んだところで現場調査は欠かせません。

ここでは一つ、レール交換の計画に伴う現場調査を例にとってみます。

・レール交換計画
レールの保守管理
※ 三森総業HPより

レール交換には、
1.レールの耐用年数が規定を超過するので交換するもの
2.レール傷など不良レールが確認されたので交換するもの
3.特殊箇所などで定期的な交換が義務付けられているもの


が挙げられます。


1.レールの耐用年数が規定を超過するので交換するもの
レールというのは、実は半永久的に使用できるものだったりします。
レールは鋼鉄を引き延ばして製造されますが、
製造時にレールの周りに化学的に安定した黒さびを人為的に付けています。
これが酸化被膜となり、この黒さびのおかげでレール内部に進行する酸化を抑制します。

※ 保線ウィキ レール より

では、レールの耐用年数はどう決まるのか、ということですが、
これは累計通過トン数とレール摩耗量のどちらかが一定以上になるまで、ということになります。
累計通過トン数とは、レール敷設箇所を通過する列車の重量をトンで表した累計、ということです。
列車本数及び列車重量に比例して累計通過トン数は増えていきますので、
列車の軽量化はレールの長寿命化に寄与するのです。

レール摩耗量は、その名の通りレールの摩耗量です。
このうち、レール頭頂部とレール側面の摩耗量が規定値を越えた場合は交換となります。
全線全箇所の摩耗量を検測するのは大変なため、
現在ではレール傷を探すレール探傷車に摩耗測定機能を付加して同時に測定するのが一般的です。

※ 保線ウィキ 摩耗レール より
レール頭部右側面が摩耗して形状が変化しているのがわかる


2.レール傷など不良レールが確認されたので交換するもの
年に数回、レール探傷車というレール傷発見専用の保守用車を走らせ、レール傷を見つけます。

※ 保線ウィキ シェリング より

レール傷には、破断につながる恐れのある重大な傷と、ほっといても問題ない軽微な傷があり、
傷の種類と危険度ランクに応じて交換を決定します。
探傷車で発見された傷はすぐさま現場調査に入り、保線社員が探傷器をもって詳細な調査を行います。
その結果、交換が必要な不良レールと判定された場合、
一定ランク以上の傷は数か月以内、場合によっては数日以内で交換となるので、
現場調査で交換判定となればその場でレール交換延長を計測・指定します。


3.特殊箇所などで定期的な交換が義務付けられているもの
急曲線や特殊分岐器などでは、列車の横圧が通常より大きくなる場合が多いため、
一般的には耐用年数に達していなくても定期的に交換させる場合があります。
私の経験例では、
急曲線上にある騒音防止のための散水箇所や、内方分岐器の外軌側基本・トングレールなどが
社内規定で定期的な交換を義務付けられていました。

いずれにせよ、交換箇所が判明したら次の段階に移ります。

・レール交換図面の作成
・在庫より使用するレールの選定
・保守用車・重機・工具使用の申請
・工事金額の積算



・レール交換図面の作成
まずレール交換図面の作成ですが、
図面作成に必要な現場情報は、
線別、レールの左右(海山)レール交換延長、隣接継目・溶接位置、隣接支障物位置、レール交換方法、緊張器の使用有無、緊張器の配置、事前・事後緩解延長、不良レールの場合は傷のキロ程、ロングレール交換なら交換器の走行方向、ロングレール取り卸し位置、現場配列溶接の位置……etc と、
それはもう様々にあるのです。

これらの情報のうち、レール交換延長や隣接継目・溶接位置、レール交換方法は社内規定でいくつか決まりがある場合があります。
例えば、
・レール交換延長は最低10m以上とする
・新溶接位置は隣接溶接から最低10m以上離れて設置する
・ガス圧接器使用時のレール交換方法は、こう上法・まくらぎ座動法、まくらぎ引き抜き法とする
などです。
レール交換延長や隣接溶接からの離れについての規定は、
いずれも軌道弱点箇所を連続させないために設けられています。
普通継目にしろ溶接継目にしろ、振動・騒音の発生源である継目はできるだけ避けたいのです。

また、ガス圧接器を使用する場合、ガス圧接器の配置箇所の施工方法がいくつかあります。
ガス圧接はレール溶接手法の一つで、現場溶接では最も信頼性の高い工法の一つです。
新幹線軌道上レールの緊張ガス圧接施工
※ 峰製作所HP より

詳細な説明は別の機会に譲りますが、このガス圧接器は大型のため、セットするためにレールをこう上(吊り上げる)するのか、まくらぎを移動させて道床を掘削させるのかを選ぶ必要があるのです。
道床の掘削は時間・労力双方を必要とするため、作業労力的にはこう上法が最も簡単ですが、
支障物の影響などでこう上法ができない場合、まくらぎを移動・道床を掘削させることもあります。
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※ Wikipedia レール山越器 より
レール山越器を使用してレールをこう上する。

また、これらの条件を考えるため、交換箇所周辺の支障物も同時に記録しておきます。
支障物とは、レールボンドやレール下を通る横断ケーブル、地上子、横取り装置などです。
特にレールボンドはこう上法の場合取り外しが伴うため、信通業者の立会が必要です。
「レールボンド」の画像検索結果
※ 昭和テックHPより


条件が出揃ったら、実際に交換するレールの始終点を決定します。
レールの始終点は路線のキロ程で表します。
普通継目なら継目~継目で交換しますが、
ロングレールなら巻尺で正確に測りだし、始終点を決定します。
規定内でもっとも経済的かつ効率的な位置を始終点にします。
付近に溶接があれば、その旧溶接を含めて取り去るよう設定します。
始終点が決まったら、その位置のレール腹部にマーカーで印をつけておきます。

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分岐器や伸縮継目はやっかいです。
ポイント部・クロッシング部ともに指定の材料を入れてあげなければなりません。
内方・外方分岐器用や、片渡りでも番数に応じてさまざまな種類があります。
もっとも、こういうのは前例踏襲でいいですが、似たような名前の部品が数多くあるので
間違えやすかったりします。
溶接位置も多く、かつ接近している場合が多いので難しいのです。


これらを取りまとめて、一枚の図として図面に情報を落とし込むまでがレール図面の作成となります。


・在庫より使用するレールの選定
こうした図面作成と並行して、レール保管場所より支給するレールを決めます。
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※Wikipedia 長物車 より

ご存知の通り、北九州・八幡の製鉄所からチキ車で25m・50mないし150m単位でレールが運ばれ、
各路線のレール保管場所(保守基地)に保管されます。
JRなどの大規模な鉄道事業者は、いったん自社工場でフラッシュバット溶接を行い、
200mのロングレールに加工しています。


・保守用車・重機・工具使用の申請
レール交換が決まると、保管場所の保守基地にある在庫レールから必要な量を切り出し、
施工業者に支給するレールを指定してあげなければなりません。

さらに、レールを現場まで運ぶための保守用車の使用も関係各所に申請します。
レール交換場所がレール保管場所から近ければ施工当夜に運んでもよいですが、
遠い場合やロングレール交換の場合には事前に施工場所まで交換レールを運んでおきます。
よく線路わきにレールが置いてあるのはそのためです。
「レール交換」の画像検索結果
※保線ウィキ レール交換 より
線間に仮置きされた交換レール

終電から始発までの短い間に交換するため、事前の準備が欠かせません。
緊張器や溶接機(ガス圧接器)は施工当夜に保守用車に積んでいくので、
これらの使用も申請し確保しておきます。

次年度工事の分は事前に決めるので問題ありませんが、
レール探傷車の走行後は、数か月の間に各所でレール交換が発生するため、
機材の取り合いとなることもあるようです。


・工事金額の積算
工事に関わる必要事項が決定したら、その金額を積算しなければなりません。
Wikipediaで"積算"を調べると、次のように出ています。
建設業界では、歩掛(材料費・労務費・機械経費など)に基づき工事費を構成する費用を積み上げ、全体の工事費を計算する方法またはその業務のことをいう。

発注者が官公庁の立場からみた場合は,工事を発注(契約) するに際し発注者において最も妥当性があると考えられる標準的な施工方法を想定し契約内容(仕様書ならびに設計書を含む)に基づいて,標準的な企業が施工事に必要と思われる適正な費用をあらかじめ算出する行為を指し,受注者の立場からは工事を受注するに際し,受注者が自らの立場で適正利潤を見込んで実際に施工し,発注者の要求する十分な品質,形状をもった 工事目的物を契約工期内で完成しうる最少の価格をあらかじめ算出する行為とみられ る。この場合の両者の算出行為の区別表現として慣習上,前者を積算、後者を見積りと称する

Wikipediaでは発注者に官公庁を例にとっていますが、鉄道企業も同様です。
というか、国鉄ならもうほとんどそのままですが……
鉄道企業にもその会社独自の積算の手引きとなる資料が存在し、歩掛が設定されています。

本来その歩掛に基づき、
現場の数量(施工延長や材料使用料)に応じて保線社員が積算(総価契約)するのですが、
保線工事は大抵いつも同じ作業をしていて大きくその内容が変わることはありません。
例えばレール交換について、ある時ある場所はこの工法、別の現場はこの工法、また別の現場は……
というようなことはなく、大抵工事の手順は決まっています。
だとしたら、作業ごとに労務費や材料費全てを一から積算しなおすのは手間というものです。

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ですから現在は、
本部で工種をある程度絞り、別個に積算して工種単価を出しておき、
その工種単価に対して現場に応じた数量を関係する工種単価に掛けて金額を算出する
"単価契約"が主流です。

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この方法だと細かい計算は出来ないため、発注者・受注者双方にとって損得が発生しますが、
一度工種単価を確定させればあとは現場に応じた単価を掛けるだけで金額が出るので、
工事金額算定までの手間が大幅に省略されます。

本社・保線区、その他現業部門等どこでこれらの積算をするのかは企業によるでしょうが、
大まかな流れは変わらないはずです。

このようにして、年初の段階で前年の工事実績を基に積算し、本部へ予算要求をかけます。
予算要求が承認され、施工会社と契約が結べれば、晴れて工事の施工に進めるわけです。


以上がレール交換計画の非常に大雑把な流れですが、ご理解いただけたでしょうか。
全てを一年以上前にビッチリ決めているかのような書き方でしたが、
実際には細かい部分については施工前月・前々月などに打ち合わせて決定していくことも多いです。
しかし、計画しているのとしていないのでは大きな違いですから、
後で慌てなくて済むように、わかることについては年初の段階で計画しておくのです。


ちなみに、レールやまくらぎ、道床のように軌道材料を交換するために行う工事を材料交換工事、
軌道狂いを整正するために行う工事を軌道整備工事といいます。
今回はレール交換だけでしたが、
そのうちまくらぎや軌道整備工事の計画についてもご紹介したいところです。


最後にまたお金の話になります。
簿記をかじったことのある人はわかるかと思いますが、
軌道整備工事は修繕工事ですので、修繕費を使用します。
これは事業収益を上げるために不良個所を機能回復させるため使用した費用です。

しかし、材料交換工事のうち、機能向上を図る交換は資本的支出=固定資産の計上となります。
例えば、
より高性能な次世代分岐器に交換するとか、より強度の高いまくらぎに交換するとか、
50kgレールを60kgレールにするとか、
そういった場合です。
そのため、年初に本部へ予算を要求するとき、修繕費を要求するのか、設備投資費を要求するのか、
といったことを分けて考えなければなりません。

また、これは"竣工"の回で詳しく話しますが、
設備投資工事を竣工させたら、それは固定資産ですから、
財産を登録させ、減価償却させなければなりません。
さすがに会計処理まで保線現場でやるわけではありませんが、
現場で掛かった費用や竣工させた固定資産を管理するのもまた保線区の仕事なのです。


次回は、本日ご紹介した計画を実行する"施工"についてお話します。